活動報告など日々のニュースを綴ります。ご自由にコメントをお寄せください

日々河童のつづら

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
先日、電車に乗ったとき線路の脇から「リ・リ・リ・リ・リ・リ‥‥」というツヅレサセコオロギの声を聞きました。
体長2センチ足らずとエンマコオロギに比べて小さめのコオロギ。いにしえの人は、この虫の単調でせかすような鳴き声が聞こえ始めると、寒い冬の到来も間近か、「肩刺せ、裾(すそ)刺せ、綴(つづ)れ刺せ」と冬に備えて着物の手入れを始めたそうです。そんな言い伝えがこの虫の名前の由来だと、以前、私のナチュラリストの師匠から教わりました。[毛利]
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
台風9号の影響による大雨で、岡山県美作や兵庫県佐用町で大きな被害が出ています。
じつは前回、志木市宗岡の水塚調査をした2004年にも各地で記録的な大雨が降り、東海や北陸で大きな被害がありました。
調査で伺ったお宅で「1時間50ミリどころじゃない。100ミリ以上の雨が平気で降る。そうしたら今の(水害の心配がほとんど無くなった)宗岡でもどうなるかわからない。そのときになって慌てても遅い」というような話をお聞きしたことを思い出しました。
当時、「溢れる川との共存」について書きましたが、上記の経験から非常に慎重に言葉を選んだ記憶があります。
今回の調査でも、かつての水害常襲地に暮らす心理的背景を忘れず、慎重に臨みたいと思います。[毛利]
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
8月9日(日)
志木のまち案内人の会・学習会「志木市の主な寺院の宗派について」
講師:内田正子さん(志木市文化財保護審議会委員・志木のまち案内人の会顧問)

今日は、志木のまち案内人の会の学習会に行ってきました。
早口でテキパキとお話しされる内田さんの講義は、小気味の良い、がしかし不信心者の私にはかなりハードルの高い内容でした。
鎌倉時代に鎌倉新仏教が興隆したことは有名な話ですが、実は、依然奈良や京都の既存の宗教勢力の存在は強力で、新興の鎌倉仏教は迫害され時代の転換点における激しいせめぎ合いがあった、という内田さんのお話は、なるほど現実的でありリアルで、現在の時代の転換時期にも通じる興味深い指摘だと思いました。[毛利]

内田さん
内田正子先生の講義風景

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
9月からいよいよ、志木市宗岡地区の水塚(みづか)現地調査を開始します。
調査開始にあたって、あらかじめ所有者の方に手紙で調査依頼をおこなってきましたが、55通発送して7日現在34軒から回答があり、承諾16軒、非承諾18軒です。
非承諾の理由としては「取り壊す予定」または「取り壊して現存しない」、「話ができる者がすでに亡くなっている」などが記されていました。
1988年発行の『水害と志木』では66基、2004年に私と安斎さん(郷土史家:故人)で調べたときは55基ありました。水防施設としての水塚の存在価値が消滅しつつある現在、今回の調査でどのような水塚像に出会えるのか、ドキドキものです。[毛利]
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
8月2日(日)
宗岡地区の惣囲堤(そうかこいつつみ)・樋門(ひもん)などの現地調査

参加者15名。天田眞さん(NPO法人エコシティ志木代表理事)の案内で雨の中でのスタートです。「このぐらいの方が涼しくて歩きやすい」と強気のスタートでしたが、次第に雨足が強くなり「雨男は誰だ」「そういえば、いつぞやの宗岡歩きも雨だったな」と犯人さがしの様相に。うそです。

三代の堤防
新河岸川にかかる「いろは橋」下流にあった「宗岡閘門跡」説明をする天田さん。この後今回の目玉の一つである江戸・昭和・平成の「三代の堤防」の見学に向かいます。

新田圦樋
江戸時代に築かれた惣囲堤(かつての宗岡村をぐるりと囲む輪中堤)を1.5キロほど歩くと「新田圦樋」。堤防の中の排水を堤外に排出するする施設。洪水時には川からの洪水流の浸入を防ぐ構造になっていました。江戸時代には12基あったそうですが現在は明治期に改築された4基が残っているのみです。モノとしても意義の面からも宗岡地区の人々の営みを象徴する大変貴重な遺物で、市の文化財指定が望まれます。

下の氷川神社
下の氷川神社。本殿や倉庫が土盛りの上に立てられており「水塚」仕様になっています。宗岡地区にはこのほか「上の氷川神社」「中の氷川神社」と、氷川神社が3社あります。

佃堤
佃堤。宗岡地区の惣囲堤は現在でも散策路や道路としてほぼすべて現存していますが、道路などに変更されずに原形をとどめているのはこの「佃堤」だけです。志木市指定文化財。

佃堤と水塚
堤に接して建つ「水塚」。

南畑の水塚
佃堤の外にあった南畑地区(富士見市)の民家と水塚。宗岡の上流の南畑地区にもこのような水塚が残されています。これらは来年度調査する予定です。
それにしても、終了時の3時30分まで結局ず~~~と雨でした。
みなさまお疲れ様でした。では、また来月。[毛利]
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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水にかかわる自然や文化が大好物です。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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